人工細胞膜上で機能するナノデバイスの新たな精製方法を確立
― 細胞型分子ロボットの機能拡張への足掛かり ―
ポイント
- 従来の手法では精製が困難であった疎水性DNAナノデバイスの新しい精製手法を確立
- 界面活性剤を適切な濃度で混合することで凝集を回避し、目的とする疎水性DNAナノデバイスの抽出?精製に成功
- DNAナノデバイスの設計の自由度の拡張による人工細胞?細胞型分子ロボットの高機能化に期待
【概要】
九州工業大学大学院情報工学研究院の佐藤佑介准教授と東北大学大学院工学研究科 野村 M. 慎一郎准教授が率いる研究グループは、東北大学大学院生 岩渕祥璽氏(日本学術振興会特別研究員)と共同で、人工細胞膜上で機能するDNAナノデバイスの新しい精製手法を開発しました。
人工細胞膜上で機能するDNAナノデバイスは、DNAオリガミ法などの新規なナノ構造体作製技術によって作製されるなど近年盛んに研究が進んでいる分野です。しかし、従来の手法で作製されるDNAナノデバイスは、人工細胞膜上に結合させるための分子(コレステロールなどの疎水性分子)が原因となり、正しく形成されなかったナノデバイスなどと共に凝集体を形成する傾向がありました。そのため、凝集体から正しく形成されたナノデバイスのみを精製?抽出することが難しいという課題がありました。本研究では、界面活性剤を利用することによって凝集体の形成を回避し、正しく形成されたDNAナノデバイスのみを分離?抽出する新しい手法を開発しました。本研究成果は、DNAナノデバイスの設計の自由度を大幅に拡張し、より高度な機能を有するDNAナノデバイスを開発するための技術基盤となるものです。これを利用することで、人工細胞膜上に分子センサや分子コンピュータを搭載した薬剤送達システム(DDS)や体内治療などを実現するための分子ロボットの研究開発が加速され、新たな医療技術へと発展することが期待されます。
本研究成果は、国際学術雑誌「ChemBioChem」に2022年12月5日にオンライン版で先行公開され、2023年2月14日付で出版されました。さらに、上位10%以内の評価となるVery Important Paperに選出され、研究内容を紹介するイラストが2023年24巻4号のCover featureに掲載されました(図1)。
【研究の背景】
近年、人工細胞膜であるリポソーム(*1)を利用したマイクロメートルサイズの人工細胞(*2)?分子ロボット(*3)を作る試みが注目を集めています。このような人工細胞?分子ロボットの本体である膜表面に、人工設計したDNAナノデバイス(機能性DNAナノ構造(*4))を配置することは、シグナル伝達や膜変形の誘発などの機能を付与する上で重要とされています。機能性DNAナノ構造を人工細胞膜に埋め込むためには、DNAナノ構造をコレステロールなどの疎水性分子で修飾する必要があります。また、機能性DNAナノ構造を利用する時には、余剰なDNA鎖や正しく形成されなかった構造を除去し、目的とする構造のみを抽出する精製の工程が必要です。しかし、複数の疎水性分子が修飾されたDNAナノ構造では、目的とする構造とそうでないものの両方を含む凝集体を形成しやすくなるため、従来の手法によって精製を行うことが困難でした。このため、機能性DNAナノ構造に対して疎水性分子を修飾する時には、構造を作成したのちに疎水性分子を結合させる、あるいは精製を必要としない単純な構造を作製する必要があり、構造の設計を制限するものとなっていました。
【研究の成果】
疎水性修飾がされた機能性DNAナノ構造に対して界面活性剤(*5)を加えることで、凝集を解消し、目的とする構造のみを抽出?精製することに成功しました。研究グループは、デモンストレーションとして4つの疎水性分子(コレステロール)が修飾されたDNAナノ構造に注目しました。この構造は水中では凝集してしまいますが(図2A)、界面活性剤を加えることで凝集を防ぐことができました。さらに、界面活性剤の一種であるコール酸ナトリウムを構造作製前に加え、同じく界面活性剤の一種であるドデシル硫酸ナトリウムを加えたゲル電気泳動を行うことで、凝集物と目的とする構造とを分離できることがわかりました。分離した構造からは、ゲル切り出し手法(*6)を用いて、目的とする構造のみを精製抽出することに成功しました(図2B)。精製後のDNAナノ構造は、人工細胞膜に対して結合できる能力を維持しており、本手法によって精製したDNAナノ構造が、人工細胞?分子ロボットの研究開発に利用できることが分かりました(図2C)。
【今後の展開】
本研究成果は、脂質膜上で動作する機能性DNAナノ構造の設計の自由度を広げ、分子シグナルの受容?伝達やリポソーム内部の反応制御といった高度な機能を有する機能性DNAナノ構造を開発するための技術基盤となると考えられます。本成果を拡張することで、人工細胞膜上に分子センサや分子コンピュータを搭載した薬剤送達システム(DDS)や体内治療を行う分子ロボット開発の要素技術となり、新たな医療技術へと発展していくことが期待されます。
【用語説明】
*1 リポソーム:ナノ(10億分の1 m) ? マイクロ(100万分の1 m )サイズの人工脂質二分子膜小胞。細胞膜モデルや薬物送達システムの輸送体として利用される。
*2 人工細胞:天然の細胞の機能の一部分をリポソームなどの人工細胞膜中に再構成したもの。
*3 分子ロボット:外部から分子の信号を受信し、分子の計算によって判断を下すことで、その環境に対して自律的に反応する、感覚?知能?動作を併せ持つ人工的な分子システム。
*4 機能性DNAナノ構造:人工的に合成された複数のDNA鎖から構成される二次元?三次元の構造体。これまでに、ヒンジ状?プロペラ機構を有する動的構造や、人工細胞膜を経由して膜タンパク質チャネルのようにふるまう構造や、人工細胞膜の変形を誘発する構造などが報告されている。
*5 界面活性剤:水に馴染みやすい(親水性)部分と油に馴染みやすい(疎水性)部分の両方を持つ分子のこと。日常的に使われている石鹸?洗剤は界面活性剤の一種である。
*6 ゲル切り出し手法:電気泳動によって分離されたDNA鎖?DNAナノ構造体が含まれるゲルを切り出し、特定のDNA鎖?DNAナノ構造体のみを抽出?精製する手法。
■ 論文情報
論文タイトル | “Surfactant-Assisted Purification of Hydrophobic DNA Nanostructures” |
著者 | Shoji Iwabuchi、 Shin-ichiro M. Nomura、 and Yusuke Sato |
雑誌名 | ChemBioChem |
DOI | 10.1002/cbic.202200568 |
※ 本研究は JSPS科研費JP19KK0261、JP20H00619、JP20H05970、JP22K17991、JP22H05395、JP20H05701、JP21J11934の助成を受けたものです。
【報道に関するお問い合わせ】
九州工業大学広報課
TEL: 093-884-3008
FAX: 093-884-3533
E-mail: pr-kouhou*jimu.kyutech.ac.jp
【研究内容に関するお問い合わせ】
九州工業大学大学院情報工学研究院 准教授 佐藤 佑介
TEL: 0948-29-7602
E-mail: ysato*ics.kyutech.ac.jp
(メールは*を@に変えてお送りください)