高濃度なイオン導入がもたらす1次元繊維状物質の機能開拓に新展開
― 1次元状態を保持したアモルファス構造(擬アモルファス)の発見 ―
ポイント
- 1次元物質ZrTe3に大量のAgイオンを導入することに成功。
- イオン導入による新規結晶相と構造変化過程で生じる擬アモルファス相を発見。
- 電子物性の高い可制御性と擬アモルファス状態に由来する機能開拓に期待。
北海道大学電子科学研究所の藤岡正弥助教らの研究グループは、九州工業大学大学院工学研究院の田中将嗣准教授、山梨大学大学院総合研究部の長尾雅則准教授らと共同で、1次元状の結晶構造を有するZrTe3に、高濃度にAgイオンを導入することに初めて成功しました。このようなイオン導入は、Liイオン電池等の電極反応に代表され、主に2次元層状物質で研究が進められています。2次元層状物質は、層間にイオンが収容されるため、イオン導入が進むにつれて、層間が広がった構造に変化します。一方で、MX3(M:遷移金属、X: S、Se、Te)の組成式で表される一次元繊維状物質は、繊維の周囲にイオンが収容されると考えられていますが、イオン導入に伴う構造変化は未解明のままでした。
研究グループでは、結晶にダメージを与えない固相間のイオン拡散を利用し、Agイオンを大量に導入したAgxZrTe3の合成に成功しました。この結果、x = 2.5の時、ZrTe3の一次元三角柱構造が一次元八面体構造に変化することを初めて見出しました。さらに変化の過程で、一次元状態を保持したまま、構造の長距離秩序が消失したアモルファス*1状態(擬アモルファス相)を発見しました。
この擬アモルファス相では、Agイオン濃度が連続的に変化することで、超伝導、金属、半導体へと電子物性が大きく変化することが分かりました。さらに擬アモルファス相に由来する低い熱伝導率やAgイオンの高速拡散等、輸送特性における種々の機能性が期待されます。また、第一原理計算によりAgイオン間の引力相互作用が擬アモルファス状態形成の起源となっていることが示唆され、このような状態はAgとZrTe3に限らず、様々なMX3と導入イオン種の組み合わせに応じて実現すると考えられます。今後、擬アモルファス相を有する様々な物質系で新奇な機能性の発現が期待されます。
なお、本研究成果は、2023年1月7日(土)公開のAdvanced Functional Materials誌にオンライン掲載されました。
【背景】
これまで、MX3にイオンを導入する研究は数多く行われてきましたが、高濃度にイオン導入が可能な液相プロセスでは、溶媒が同時に侵入するため、結晶性が劣化し、未知の結晶構造を調査するには不向きでした。また通常の固相プロセスを用いた場合は、結晶性を保持した状態で少量のイオンが導入できますが、構造変化はほとんど確認されず、MX3へのイオン導入が結晶構造に及ぼす影響についてはこれまで未解明の状態でした。一方、MX3は二次元層状物質であるMX2に比べてイオン許容量が3倍近く、幅広いイオン濃度変化に応じた電子物性の高い可制御性が期待される系です。このような物質系における機能性を評価するためには、高濃度にイオンが導入され、結晶構造を保持した十分な大きさの試料を調整することが必要となります。
そこで、本研究では固体間でのイオン拡散を利用した固相プロセスを用いて、MX3に属する代表的な物質ZrTe3に、Agイオンを拡散導入し、高濃度なAgxZrTe3の合成を試みました。さらにAgイオン濃度の異なる試料を調製し、それらの電子物性と結晶構造を評価することを目指しました。
【研究手法】
単結晶のZrTe3を育成し、高いAgイオン伝導特性を有するAgIからAgイオンを拡散導入し、様々なAgイオン濃度を有する繊維状の試料を作製しました。これらの試料に対して、結晶構造や元素組成を詳細に調べました。また、Agイオン濃度と電子物性の関係を評価し、第一原理計算を用いて、Agイオンの拡散機構や導入イオン種間に働く力と最終的に得られる結晶構造との相関について調査しました。
【研究成果】
本研究ではZrTe3へのAgイオン導入に伴い、一次元三角柱構造から擬アモルファス相へと変化し、結晶からの回折ピークが消失することが確認されました。さらにAgイオン導入が進むと、一次元の八面体で形成された新規結晶相が形成され、結晶性が回復します(P1.図)。このような構造の変化は各構成元素の再構成ではなく、繊維方向へのTeの単純なシフトにより実現するため、一次元繊維状態を保持したまま徐々に構造が変化します。また、この変化の過程では、Agイオン濃度がナノスケールの領域で不均一に分布していることが確認されました(図1(a))。このAg濃度の不均一な分布に応じて構造が変化するため、結晶の長距離秩序が乱れ、構造に由来するピークが消失したアモルファス状態が形成されたと考えられます。このような擬アモルファス相を経由する特殊な構造変化が、これまでの結晶構造解析を困難にしていたと予想されます。この構造変化の起源は、第一原理計算からAgイオン間に働く引力にあることが示唆されました(図2)。Agイオン間の引力が、ナノスケール領域でみられたAg濃度の不均一性及び擬アモルファス相の形成に寄与したと考えられます。また三角柱相であるZrTe3は低温(1.7 K)で電気抵抗が減少し始め、超伝導を示します。この超伝導転移温度*2はAgイオン導入に伴って増大することが判明し、濃度がx = 0.5の擬アモルファス状態でもっとも高い6.3 Kに到達します。さらにAgイオン濃度が増加すると、金属、半導体へと電子物性が大きく変化することが分かりました(図1(b)、1(c))。
【今後への期待】
導入イオン種間に働く引力相互作用はAgだけでなく、Cu、Ni、Fe等においても第一原理計算から示唆されており、Agの場合と同様に擬アモルファス状態の形成が予想されます。一方で、導入イオン種とMX3の組み合わせによっては、イオン種間に斥力が働き、この場合は2次元層状物質のようにc軸長が伸長すると予想されました。このように本研究は、1次元状物質MX3のイオン導入における系統的な理解に大きく貢献しました。また、この系特有の高いイオン許容量は、大きな電子物性の変調を可能にし、擬アモルファス相領域では超伝導特性の向上が確認されました。さらに、擬アモルファス状態に由来する低熱伝導率や、第一原理計算からは高速イオン拡散も予測されています。MX3へのイオン導入により、今後様々なイオン種と一次元物質の組み合わせが試され、新たな機能が開拓されるものと期待されます。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号19H02420、20KK0124、21K19018、22K05289)、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(課題番号JPMJCR19J1)、イノベーション創出ダイナミック?アライアンス、物質?デバイス領域共同研究拠点の助成を受けた成果です。
【用語説明】
*1 アモルファス … 結晶の原子の配置が乱れたガラスのような状態。
*2 超伝導転移温度 … 電気抵抗がゼロになる超伝導という状態に変化する時の温度。
【参考図】
■ 論文情報
論文タイトル | “Intercalation on transition metal trichalcogenides via a quasi-amorphous phase with 1D order(1次元性を有する擬アモルファス相を介した遷移金属トリカルコゲナイドへのインターカレーション)” |
著者 | 藤岡正弥1、ジェーム メルバート2、佐藤賢斗1、田中将嗣3、森田一軌4、澁谷泰蔵5、高橋仁徳1、岩崎秀1、三浦章2、長尾雅則6、出村郷志7、坂田英明8、小野円佳1、海住英生9、西井準治1 (1北海道大学電子科学研究所、2北海道大学工学部、3九州工業大学大学院工学研究院、4ペンシルベニア大学、5NECシステムプラットフォーム研究所、6山梨大学大学院総合研究部、7日本大学理工学部、8東京理科大学理学部、9慶應義塾大学理工学部) |
雑誌名 | Advanced Functional Materials |
DOI | 10.1002/adfm.202208702 |
公表日 | 2023年1月7日(土)(オンライン公開) |
【お問い合わせ先】
北海道大学電子科学研究所 助教 藤岡正弥(ふじおかまさや)
TEL: 011-706-9346
FAX: 011-706-9346
E-mail: fujioka*es.hokudai.ac.jp
【配信元】
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E-mail: jp-press*general.hokudai.ac.jp
山梨大学企画部広報企画課
(〒400-8510 山梨県甲府市武田4-4-37)
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九州工業大学広報課
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