高CO2条件での植物の成長促進に関連する遺伝子を発見
― 同一種内の遺伝的変異の解析から ―
ポイント
- 上昇しつつある大気CO2環境をふまえ、その環境に適応した作物の育種が必要である。
- 遺伝的に異なる性質をもった集団(エコタイプ)から得た個体の成長速度を比較し、高CO2環境下で成長速度が大きく増加するエコタイプとあまり増加しないエコタイプがあることを見出した。
- これらエコタイプについて解析を行い、高CO2環境での成長が促進される遺伝子を2つ発見し、自然界に存在する種内の遺伝的変異を利用して有用な遺伝子を発見する手法を確立した。
概要
大気中のCO2濃度は上昇を続けています。大気CO2濃度の上昇は、短期的には植物の光合成速度を増加させますが、その増加が長続きしないことが多くの植物で観察されており、地球の人口増に対する食糧不足が懸念されます。そのことへの対応策の一つが、高CO2環境に適応した作物の育種です。
東北大学生命科学研究科の彦坂幸毅教授、小口理一助教(現大阪公立大学准教授)、九州工業大学の花田耕介教授(理化学研究所環境資源科学研究センター機能開発研究グループ客員研究員(研究当時))らの研究グループは、世界各地の様々な緯度?標高からシロイヌナズナの多数のエコタイプを収集し、比較解析を行うことにより高CO2条件で成長促進に貢献する遺伝子を発見しました。本研究を発展させることで、将来の高CO2環境で高収量を実現する作物の育出に貢献することが期待されます。
本研究成果は4月9日付でPlant Molecular Biologyオンライン版に掲載されました。
詳細な説明
産業革命以降、大気CO2濃度は急激に上昇しており、今後も引き続き上昇し続けると予想されています。CO2排出を減らす努力も必要ではありますが、上昇した大気CO2環境に対して人間社会を適応させていくことも必要です。大気CO2濃度の上昇は、短期的には光合成速度を増加させますが、その増加が長続きしないことが多くの植物で観察されています。高CO2環境でより高収量をもつ植物の育種は、「飢餓をゼロに」などのSDGsに貢献すると期待されます。
多くの野生生物には、同一種内であっても遺伝的な違いがあり、自然変異と呼ばれます。自然変異の一部は、環境への適応の結果進化したものであり、特定の環境適応によって他と違う性質をもつタイプを「エコタイプ」と呼びます。エコタイプ間の遺伝的違いは、異なる環境適応の結果生じたと考えられ、特定の環境への適応に関連する遺伝子や形質の探索に有用であると期待されます。
本研究では、世界各地の様々な緯度?標高から収集されたシロイヌナズナの多数のエコタイプを収集し、比較解析によって高CO2環境への適応に関係しうる遺伝子を探索することを目指しました。
まず、各エコタイプの個体を高CO2環境と低CO2環境で育成し、成長速度や光合成速度などの解析を行いました。全てのエコタイプにおいて、成長速度は高CO2環境で促進されましたが、その促進率はエコタイプ間で大きく異なりました。これらの結果から、高CO2環境での成長速度や、高CO2による成長促進率を定量化しました。
次に、ゲノム解析を行いました。本研究で用いたエコタイプの大半についてはすでに全ゲノムが解読されています。この情報を利用し、エコタイプ間で遺伝子の塩基配列が異なる部分を特定し、ゲノムワイド関連解析と呼ばれる手法を用いて、高CO2環境で高い成長速度をもつエコタイプに共通する遺伝的変異の探索を行いました。残念ながら高CO2環境での成長速度を一義的に説明できる遺伝子変異はなく、多数の遺伝的変異が関連していることがわかりました。より強く高CO2応答に関連している遺伝子を特定するために、メッセンジャーRNAの網羅的発現解析(トランスクリプトーム解析)を行いました。高CO2環境での成長促進が強いエコタイプ3種類と弱いエコタイプ3種類を選んでトランスクリプトーム解析を行い、発現量のCO2応答変動が大きい遺伝子を探索しました。ゲノム解析とトランスクリプトーム解析の結果から、成長速度の高CO2応答に関連していると期待されている候補遺伝子を43個選択しました。
これらの遺伝子について、高CO2環境での成長促進が小さいエコタイプの遺伝子改変を行いました。選択された43遺伝子について、発現強化体、発現抑制体、あるいは両方を作製し、高CO2環境で実際に成長が促進されるかを調べました。その結果、発現を抑制することによって高CO2環境で成長が促進される遺伝子を二つ特定しました(図1)。
本研究は、有用遺伝子を発見したこと以外にも、自然変異、つまり同一種内の遺伝的変異から有用遺伝子を見つける手法を確立した点に意義があります。生物多様性の保全の重要性は社会に認識されつつあるところですが、種の多様性だけでなく、種内の遺伝的多様性も人間社会にとって有用であることが示唆されます。これらの遺伝子の発現抑制がなぜ高CO2環境での成長を促進するのかはまだ明らかではありません。今後の研究による解明が待たれるとともに、これらの遺伝子の改変がイネやコムギなどの他の植物でも効果があるかを研究する必要があると考えられます。
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」における研究課題「将来の地球環境において最適な光合成?物質生産システムをもった強化植物の創出」(研究代表者:彦坂幸毅)及び日本学術振興会科学研究費の支援を受けた研究成果です。
■ 論文の詳細情報
発表題目 | “Enhanced growth rate under elevated CO2 conditions was observed for transgenic lines of genes identified by intraspecific variation analyses in Arabidopsis thaliana” |
著者名 | 小口理一、花田耕介、清水みなみ、見塩昌子、尾崎洋史、彦坂幸毅 |
筆頭著者情報 | 小口理一 東北大学大学院生命科学研究科(研究当時) |
雑誌 | Plant Molecular Biology |
DOI | 10.1007/s11103-022-01265-w |
【研究内容に関するお問い合わせ】
東北大学 大学院生命科学研究科
担当 教授 彦坂 幸毅(ひこさか こうき)
TEL:022-795-7732
E-mail: hikosaka*tohoku.ac.jp
国立大学法人 九州工業大学 大学院情報工学研究院
生命化学情報工学研究系 教授
担当 教授 花田 耕介(はなだ こうすけ)
TEL:0948-29-7842
E-mail: kohanada*bio.kyutech.ac.jp
【取材報道に関するお問い合わせ】
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室
担当 高橋 さやか(たかはし さやか)
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E-mail: lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp
国立大学法人 九州工業大学 広報課広報係
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理化学研究所 広報室 報道担当
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