最適化したノイズによる
確率共鳴現象と逆確率共鳴現象の転移手法の開発
九州工業大学大学院情報工学研究院物理情報工学研究系の許宗焄教授が研究代表を務める非平衡散逸系の研究グループは、ノイズのポジティブ効果として知られる確率共鳴現象*1と逆確率共鳴現象について、液晶の電気対流系を用いて調査を行いました。両共鳴現象を統一的に制御することで、さまざまな応用研究においてシステムのパフォーマンスを柔軟に調整できる可能性が示されています。本研究では、システムの内部パラメータやノイズの特性を定量的に制御することで、両共鳴現象の転移に関わる新たな手法を開発しました。この手法は、ノイズのカラー化やパワースペクトルのエッジ効果、振幅?位相ノイズの混合などを利用しており、バイオテクノロジー、画像処理技術、センサー工学など多くの関連分野への応用が期待されています。
ポイント
- 確率共鳴と逆確率共鳴の転移を示す量(h)を定義する
- ノイズの特性と液晶対流系の物性値によるhの変化を調査する
- 特化した振幅ノイズと位相ノイズの絶妙な配合がカギとなる
普通では検知できない微弱な信号に適切なノイズを加えると、その微弱信号を検出できることがあります。このようなノイズのポジティブ効果は確率共鳴現象として広く知られています。これまで物理系、生物系、情報系、脳科学などの分野で確率共鳴現象(Stochastic Resonance, SR)と逆確率共鳴現象(Inverse Stochastic Resonance, ISR)が発見され、応用分野も多岐にわたっています。両共鳴現象の一括制御から必要に応じて系のパフォーマンスを柔軟に制御できる可能性がありますが、今までSR-ISRの転移を示す実験系の報告例はありませんでした。本研究では世界で初めて数値解析によりSRとISRの転移を捉えた液晶電気対流系*2(図a)に対して、図bに示しているノイズのカラー化(fc)とパワースペクトルのエッジ効果(W)、振幅?位相ノイズの混合などを定量的に制御しながらSRとISRの調査を行いました。
調査で用いた液晶の電気対流系はある電圧(Vc)以上で対流が発生します。その交流電界に振幅と位相ノイズを乗せると、図cのように、Vcは大きくなったり小さくなったりします。図cは振幅ノイズ強度VNを変えながらVcの変化を示したグラフであり、その曲線は上から順番に位相ノイズ強度?Nを強めながら測定した結果です。最大値と最小値を示す非単調なカーブが、それぞれISRとSRに相当します。ここで、最大値の高さhを定義すると、ISR(h>0)からSR(h< 0)への転移(h= 0)が位相ノイズ?Nによって起きることが分かります。このhを、ノイズの特性の一つであるエッジ効果を表すノイズ?スティープネス(s)で測定した結果、図dのような転移(h= 0)が分かりました。さらに、液晶対流系の内部パラメータのひとつである液晶の電気伝導度を変えながらhを測定した結果、同様にhの制御が可能であることが分かりました。このような結果は通常のホワイトノイズでは現れません。図cと図dには特化したカラーノイズが極めて重要な役割を果たしています。上述したように、両共鳴現象に敏感かつ制御しやすい内部パラメータ(本研究では電気伝導度)を特定することも、これからの他分野での応用研究において示唆することが多くあります。
この研究成果は、2024年9月18日(水)に英国の科学オープンアクセス誌「Scientific Reports (Springer Nature社)」に掲載されました。
■ 用語解説
*1確率共鳴現象:非線形システムにおいて、外部の確率的なノイズが存在する条件下で、システムの性能や感度が最適になる現象を指します。具体的には、確率的なノイズがシステムに追加されると、システムの出力が増幅され、信号検出や情報伝達などのタスクに対する性能が向上することがあります。
*2液晶電気対流系:液晶層内の電場が十分に強い場合、クーロン力が液晶の粘弾性力に打ち勝ち系内に不安定性が引き起こされ、異方性流体(液晶)の運動が誘発される現象を示すシステムです。
■ 論文の詳細情報
タイトル | “Manipulating conductivity and noise for transitioning between stochastic and inverse stochastic resonances in liquid–crystal electroconvection” |
著者名 | Jong-Hoon Huh, Takumu Higashi, Yuki Sato |
雑 誌 | 「Scientific Reports (Springer Nature社)」 |
D O I | https://doi.org/10.1038/s41598-024-71897-z |
※本研究はJSPS科研費JP18K03464, JP22K03470の助成を受けたものです。
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