ナノバブル発生に誘発される非ガス粒子形成の発見
― ナノバブルと考えられていた粒子の沈降による質量の計測 ―
国立大学法人九州工業大学大学院情報工学研究院 植松祐輝准教授、国立大学法人九州大学大学院理学研究院 木村康之教授らの共同研究グループは、微小な気泡を水中に多数発生させ、長時間経過した溶液中に残存するナノ粒子の粒径と質量密度を計測し、そのナノ粒子が気泡ではないことを発見しました。今回の発見は産業応用が進んでいるマイクロバブル*1による洗浄技術の革新やナノバブル*2が本当に“バブル”(中身が気体)なのかという根本的な問いへ答えを出すにあたって、大きな貢献をするものと期待されます。
ポイント
- 理論的に存在しない長時間安定なナノバブルが2000年代より相次いで実験で観測されていた。
- ナノバブルと思われていた粒子の質量を計測し、それが非ガス粒子であることを発見した。
- 顕微鏡のみを使ったナノバブルの質量の計測は、世界で初めてである。
<背景>
水中の気泡は大きければ浮上して水面で破裂しますが、直径1マイクロメートル以下のナノバブルと呼ばれる気泡になると、浮力の影響が小さくなり水中を漂うことができます。しかし理論的に考察すると、直径1マイクロメートルの気泡では表面張力の効果で内部のガスの圧力が高くなり、気泡中のガスが水へとどんどん溶けていき、気泡の収縮が進行し数ミリ秒で消滅するとされています。つまり理論的にはナノバブルは水中で安定的には存在しません。ところが2000年代より、水中で長時間安定するナノバブルが相次いで実験で観測されており、なぜナノバブルが存在するのかという点が論争の的となっていました。2018年頃から、ナノバブルの質量を計測することにより、それが気泡ではなく固体か液体の微粒子である可能性が高いことが指摘されていましたが、その質量を計測可能な機器が限定されており、本研究グループが知る限りでは世界で2グループでしか計測されてきませんでした。
<研究内容>
今回の研究では、100年以上前に開発されていた暗視野顕微鏡*3を使った観察(図a、b)により、ナノバブルが重力により沈降する様子をリアルタイムで初めて観測しました(図c)。水よりも重い気体は存在しないので、本研究で観測されたナノバブルは非ガス粒子であることが分かりました。また沈降平衡*4の状態にあるナノバブルの粒子数密度分布からナノバブルの質量密度を算出することに成功しました。汎用性の高い顕微鏡のみで質量計測を実現できたことから他の研究グループでも容易に手法を再現できると考えられ、今後のナノバブルの研究において、その質量に注目した研究が多くなることを期待しています。
また、気泡発生過程を経ずに計測した超純水のサンプルからはそのような非ガス粒子は計測されな
かったため、計測された直径450ナノメートル程度の非ガス粒子は気泡発生過程により生成されることを解明しました。本研究グループの実験系では計測できていない直径100ナノメートル以下のナノバブルについては、その存在を否定する証拠は得られていません。したがって、ナノバブルが水中では長時間安定して存在しないことを一般的に実証したわけではありませんが、少なくとも本研究グループが気泡を発生させて得られたナノバブルは消滅し、それが非ガス粒子の形成に寄与している可能性を示しました。
<今後の展開>
マイクロナノバブル水と呼ばれる微小気泡を含んだ水は、生理活性効果や洗浄効果が高くさまざまな産業の場面で既に実用化が進んでいます。本研究はそのようなマイクロナノバブル水を数時間程度の時間スケールで考えた時に、水中の微粒子は既に気泡ではなく、固体か液体で構成される別の微粒子に変化していることを解明しました。一方で、数秒から数分の時点ではガス粒子であったのに数時間程度経過すると非ガス粒子に変化するのか、あるいは数秒から数分の時点で既に非ガス粒子に変化しているのかは、現時点では分かっていません。実際に洗浄等に利用される場合の時間スケールは数秒から数分であり、今後より短い時間スケールで気泡がどのように微粒子になっていくのかを解明することが、マイクロナノバブル水の産業応用における価値を高めるために必要となっていくと考えられます。また、微粒子の化学成分は不純物に由来しているものと推測されますが、その不純物がどこからきたのか、あるいはマイクロナノバブル水の洗浄機能との関連性についても今後研究が進むことで、マイクロナノバブル水のさらなる技術革新に寄与すると期待しています。
なお、この研究成果は、英文雑誌「Physica A: Statistical Mechanics and its Applications(論文誌)」(2024年7月6日)に掲載されました。
図. (a). 顕微鏡により水中のナノバブルをさまざまな高さで観察した実験系の模式
図. (b). 暗視野顕微鏡によるナノバブルの観察画像。図. (c).ナノバブルの粒子数密度の時間変化の模式図。0分時点では水中に均一に存在していたナノバブルが、時間経過とともに下の部分に沈降していっているのが分かる。
【用語説明】
*1 マイクロバブル:直径1マイクロメートルから100マイクロメートルの気泡。ファインバブルとも呼ぶ。(1マイクロメートル=1000分の1ミリ)
*2 ナノバブル:直径1マイクロメートルよりも小さい気泡。ウルトラファインバブルとも呼ぶ。
*3 暗視野顕微鏡: 試料を透過した光ではなく散乱された光を使って視ることができる顕微鏡。光の波長よりも小さなナノ粒子の位置を知ることができる。
*4 沈降平衡:熱揺らぎによる拡散と重力による沈降が釣り合っている平衡状態。統計力学によれば粒子数密度は高さの関数として指数関数の分布になる。
■ 発表雑誌
論文タイトル | “Nanobubble-Assisted Formation of Non-Gaseous Nanoparticles in Water” |
著者 | Riku Miyazaki, Yasuyuki Kimura, and Yuki Uematsu |
雑誌名 | Physica A: Statistical Mechanics and its Applications |
DOI | 10.1016/j.physa.2024.129932 |
※ 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「複雑な流動?輸送現象の解明?予測?制御に向けた新しい流体科学(研究総括:後藤晋)」における研究課題「マイクロ?ナノ界面系でのイオン流体科学の創出(研究代表者:植松祐輝、JPMJPR21O2)」の助成を受けたものです。
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国立大学法人九州工業大学 大学院情報工学研究院 准教授 植松 祐輝
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国立大学法人九州大学 大学院理学研究院 教授 木村 康之
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